鎌倉時代中期から後期の武将であり、宇都宮氏第8代当主。興禅寺を開基したことで知られる。弘安4年(1281年)の元寇では、北条時宗の命を受けて山陽、山陰の御家人を率い、総大将として九州に出陣。その功績から引付衆に任じられる。時宗の死後は北条貞時に仕え、嘉元3年(1305年)の嘉元の乱では北条宗方誅殺に協力した。正和元年(1312年)、亡母の13回忌に巨大鉄製塔婆を奉納したとされる。正和5年(1316年)に51歳で死去した。法名は蓮昇。
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宇都宮貞綱の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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