江戸時代中期から後期の大名で、丹後国峰山藩の6代藩主として知られる。享保14年(1729年)に江戸で生まれ、5代藩主・京極高長の養子となり、明和2年(1765年)に藩主の座を継いだ。藩主としての業務の他、大坂青屋口の加番や大番頭を務め、天明8年(1788年)には若年寄に任じられ、幕政に参与した。寛政3年(1791年)、病を理由に若年寄の辞任を求めたが許されず、藩政は長男・高備に任せることとなった。文化5年(1808年)に江戸で死去。池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』に登場し、火付盗賊改・長谷川宣以(平蔵)の上司として描かれている。








