系譜で辿る日本史

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小笠原清広おがさわらきよひろ

小笠原清広

遠江小笠原氏

氏族清和源氏義光流
生没1541年 - 1631年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将である。兄の離反に従い、徳川家康に内通。天正2年(1574年)の第一次高天神城の戦いでは、浜松城主の家康のもとへ人質として送られる。致仕後は出家し、善宗と号する。墓碑によれば寛永8年(1631年)に91歳で死去したとされるが、孫の生年との矛盾から没年には疑義がある。慶長8年(1603年)、孫が徳川頼宣に仕え、子孫は紀州徳川家の家臣となる。

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17親等祖先

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