系譜で辿る日本史

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松平武雅まつだいらたけまさ

松平武雅

越智松平家2代当主

氏族三河松平氏
生没1702年 - 1728年
位階従五位下
官職 肥前守
幕府職上野館林藩主

江戸時代中期の大名である。美濃高須藩の松平義行の四男として生まれるが、本家の養子問題のため高須藩主にはならず、享保9年(1724年)に越智松平家の養子となり館林藩主を継ぐ。享保13年(1728年)に27歳で死去し、子女を残さなかったため、常陸国府中藩から武元が養嗣子として迎えられた。法名は顕徳院。

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