系譜で辿る日本史

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陶長房すえながふさ

陶長房

大内氏家臣

富田若山城城主

氏族多々良姓大内氏庶流陶氏
生没1540年 - 1557年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将で大内氏の家臣。父である陶晴賢に従い、富田若山城を治めた。1551年(天文20年)、父が大内義隆を討ち大友晴英(大内義長)を当主に迎えると、義長から「長」の字を与えられる。1555年(天文24年)の厳島の戦いで父が毛利元就に敗れ、陶家の勢力は衰退。1557年(弘治3年)、敵方の攻撃を受けて若山城で防戦したが敗北し、自刃した。陶氏の嫡流はこれにより断絶したとされるが、落胤が生き延びたという伝説も残っている。

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陶長房の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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