系譜で辿る日本史

選択中の人物

藤原師基ふじわらのもろもと

藤原師基

平安後期の貴族

氏族藤原北家中関白家
生没1031年 - 1077年
位階正四位下
官職 若狭守
幕府職

平安時代後期の貴族であり、後冷泉朝にて右馬頭や皇后宮権亮を務めた。康平6年(1063年)には右中弁に直任され、治暦元年(1065年)には左中弁に昇任。治暦3年(1067年)に蔵人頭に補せられるが、同年から病気により出仕できなくなった。治暦4年(1068年)に蔵人頭を辞し、治暦5年(1069年)には左中弁も解かれ若狭守として地方官に転じた。承保4年(1077年)に47歳で没した。妻は白河天皇の乳母を務めたが早世し、乳父として恩恵を受けることはなかったが、息子の国明や娘婿の源俊明が院近臣として登用された。

更新