系譜で辿る日本史

選択中の人物

鷹司任子たかつかさあつこ

(天親院)

鷹司任子

将軍・徳川家定の御簾中(正室)

氏族藤原北家御堂流鷹司家
生没1823年 - 1848年
位階
官職
幕府職

鷹司任子は、徳川家定が将軍世子時代に迎えた最初の正室である。鷹司政煕の娘で、鷹司政通の養女として輿入れした。初名は有君で、文政11年(1828年)に家祥と納采し、天保2年(1831年)に江戸城本丸へ入輿。その後、西御丸に移り天保12年(1841年)に婚儀が行われ、「御簾中様」と呼ばれた。嘉永元年(1848年)、疱瘡で26歳で死去し、増上寺に葬られた。従二位が追贈され、戒名は天親院殿有誉慈仁智誠大姉である。

更新
主な祖先

崇光天皇

16親等祖先

後伏見天皇

18親等祖先

近衛兼経

20親等祖先

後陽成天皇

7親等祖先

伊勢貞国

13親等祖先

正親町天皇

9親等祖先

後花園天皇

13親等祖先

後水尾天皇

6親等祖先

西園寺公衡

19親等祖先

誠仁親王

8親等祖先

鷹司任子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫