系譜で辿る日本史

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穴穂部間人皇女あなほべのはしひとのひめみこ

穴穂部間人皇女

聖徳太子の生母

用明天皇の皇后

氏族皇族
生没???年 - 622年
位階
官職
幕府職

京都府京丹後市丹後町にある「間人(たいざ)」という地名は、穴穂部間人皇女に因むものと伝えられている。穴穂部間人皇女は蘇我氏と物部氏との争乱を避けて丹後に身を寄せ、宮に戻る際に自分の名を贈ったが人々は恐れ多いとして、皇后がその地を退座したことにちなみ「たいざ」と読むことにしたという。

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