系譜で辿る日本史

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猪熊教利いのくまのりとし

(高倉範遠)

猪熊教利

藪家(高倉家)当主

氏族藤原北家閑院流室町家
生没1583年 - 1609年
位階正五位下
官職 左近衛少将
幕府職

猪熊教利は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての公家で、猪熊事件の首謀者として知られる。高倉家の後継者として中絶していた家を継ぎ、山科家を相続したが、女官との密通が発覚し勅勘を受けた。後陽成天皇の怒りを買い、幕府から逮捕令が出されると西国に逃亡したが、日向国で捕らえられた。1609年(慶長14年)に京都で斬刑に処され、享年27。教利の存在は抹消されようとしたが、一部の記録に残り続けた。子孫は武士となり、高松藩に仕えた。

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