系譜で辿る日本史

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八田知尚はったともひさ

八田知尚

西面武士

氏族宇都宮氏流小田氏
生没???年 - 1221年
位階
官職 左衛門尉
幕府職

鎌倉時代前期の武士である。『吾妻鏡』における初見は正治2年(1200年)の弓始の射手として登場。建暦3年(1213年)の和田合戦では北条氏方に属し、和田氏方を討った。後鳥羽上皇に選ばれ、西面武士となる。承久3年(1221年)の承久の乱では京方として参戦し、美濃で東山道軍と戦い抜いたが、宇治川の戦いで北条泰時率いる幕府軍に敗北し戦死した。乱後、所領は没収されたが、子の知定が御家人となり家系は存続した。

更新
主な祖先

継体天皇

20親等祖先

藤原山蔭

9親等祖先

大伴金村

20親等祖先

藤原武智麻呂

14親等祖先

藤原宇合

14親等祖先

阿倍比羅夫

16親等祖先

敏達天皇

18親等祖先

欽明天皇

19親等祖先

藤原冬嗣

11親等祖先

藤原真楯

13親等祖先

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