伊達宗敦は、仙台藩知藩事として活躍したが、当主ではなく補佐役としての立場だった。慶応4年(1868年)に仙台藩主・慶邦の養子となり、従四位下・侍従・左京大夫に叙任される。同年、奥羽列藩同盟に関与し、官位を剥奪される。明治3年(1870年)から知藩事を務めたが、廃藩置県(1871年)で退任。イギリス留学を経て帰国後、明治17年(1884年)に華族となり、男爵を授与される。貴族院男爵議員を3期務め、明治44年(1911年)に58歳で死去した。宗敦の生涯は、幕末から明治への変革期を象徴するものである。











