室町時代から戦国時代にかけて活躍した武将であり、岩城氏の11代当主。陸奥国大館城を拠点とし、永享12年(1440年)には結城合戦での功績を足利義教から賞された。寛正4年(1463年)には那須資房や宇都宮義員と交戦し、一時は勝利を収めるも、縄釣原の戦いでは大敗を喫した。文明17年(1485年)には佐竹氏領の城を攻め落とし、文亀2年(1502年)には佐竹義舜の協力で山入氏義を討伐するなど、勢力を拡大。内紛に乗じて白河結城氏や古河公方家に介入し、岩城氏の全盛期を築く。子に家督を譲るも、引き続き共同統治を行い、永正11年(1514年)には那須氏との和睦に至った。














