昭和期の華族である佐竹義栄は、佐竹宗家の35代当主として知られる。1938年(昭和13年)に東北帝国大学法文学部を卒業後、保険院や企画院などの嘱託を歴任した。1944年(昭和19年)に父の死去に伴い侯爵を襲爵し、同年には貴族院侯爵議員に就任、火曜会に所属して1947年(昭和22年)の貴族院廃止まで務めた。戦後は、埼玉県の子どもの家理事や秋田県育英会理事長を務める。また、昭和天皇が秋田県を戦後巡幸した際には、秋田市内の別邸を行在所として提供した。1983年に東京で亡くなると、遺言により久保田城跡の土地を秋田市へ寄贈した。











