江戸時代中期の大名である松平重富は、越前国福井藩の12代藩主。藩政においては、藩士の知行削減など財政再建を目指したが、多くの自然災害や疫病により逆に財政は悪化した。さらに、豪華な生活や米商人への御用金課税が米価高騰を招き、領民の不満が高まり明和5年(1768年)には打ちこわしが発生。幕府からの援助を受けて再建を試みたものの、天明の大飢饉などで財政はさらに悪化した。寛政2年(1790年)には菜種、寛政11年(1799年)には塩を専売制にするも改善には至らず、同年に長男治好に家督を譲り隠居。藩主在任は41年と歴代最長で、文化6年(1809年)に62歳で死去。






