江戸時代前期から中期にかけて活躍した大名で、陸奥国岩沼藩の第2代藩主。後に田村家一関藩の初代藩主となる。寛文4年(1664年)に元服し、宗永と名乗る。延宝6年(1678年)、父の死去により家督を継ぎ、延宝9年(1681年)に一関に移封される。学問に秀でたため、5代将軍・徳川綱吉に重用され、元禄4年(1691年)に奥詰衆に取り立てられ、翌年には奏者番を拝命する。元禄5年(1692年)に建顕に改名。元禄14年(1701年)には赤穂事件に関与し、浅野長矩の切腹を藩邸で執行。宝永5年(1708年)に死去。数多くの書や絵画、和歌が現存する。
主な祖先
田村建顕の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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