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松平定国まつだいらさだくに

松平定国

定勝系久松松平家10代当主

氏族三河松平氏
生没1757年 - 1804年
位階従四位下
官職 中務大輔 侍従 左近衛権少将
幕府職伊予松山藩主

江戸時代中期から後期にかけて活躍した大名で、伊予国松山藩の第9代藩主。幼少期に田安宗武の六男として生まれ、後に松平定静の養嗣子となる。安永8年(1779年)、定静の死去により松山藩15万石を継承。天明4年(1784年)、松山城が落雷で焼失すると再建を幕府に願い許可を得る。弟の定信とは不和で、彼の政治方針に異論を唱えた。文化元年(1804年)、脚気により体調を崩し、嫡男に家督を譲り卒去。享年48。江戸三田済海寺に葬られた。

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9親等祖先

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