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山野辺義忠やまのべよしただ

山野辺義忠

水戸藩家老職

最上義光の四男

氏族清和源氏最上氏庶流山野辺氏
生没1588年 - 1665年
位階従五位上
官職 右衛門大夫
幕府職

山野辺義忠は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士で、最上氏の一門に属する。天正16年(1588年)に生まれ、慶長5年(1600年)には徳川家康の人質となった。翌年には出羽山形に戻り、山野辺城の拡張や城下町の整備に尽力した。元和3年(1617年)、最上家の内紛である最上騒動が起こり、義忠は家臣らにより後継者として擁立されるも、元和8年(1622年)に改易され、備前岡山に流罪となる。寛永10年(1633年)、水戸藩で1万石を与えられ家老職に就任し、光圀の教育係を務めた。寛文3年(1663年)に隠居し仏門に入り、翌年77歳で死去した。義忠は義光の男子の中で唯一、天寿を全うした。

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