系譜で辿る日本史

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問田亀鶴丸といだきかくまる

(大内義教)

問田亀鶴丸

大内義隆の子

氏族多々良性大内氏
生没???年 - 1557年
位階
官職
幕府職

戦国時代の人物。問田村で育ち、天文20年(1551年)の大寧寺の変で父義隆や兄義尊が陶晴賢に殺害される中、亀鶴丸は助命された。弘治3年(1557年)、大内氏当主として遺臣に擁立されるも、毛利氏に攻められ挙兵は失敗し、妙見崎の戦いで捕らえられて処刑された。伝承では豊田幾之進と名を変え、酒造業を営み長寿を全うしたとも。別説では毛利氏に仕え、御郷康政として生きたとされる。

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