室町時代後期から戦国時代にかけての周防(山口)の戦国大名であり、大内氏の第15代当主。室町幕府の管領代を務め、将軍の後見人となる。周防・長門など7ヶ国の守護職を兼ね、明応元年(1492年)には父の命で六角高頼討伐に参戦。明応3年(1494年)、父の隠居により家督を継ぐ。永正4年(1507年)には足利義尹を将軍職に復帰させ、左京大夫・管領代として幕政を執行。享禄元年(1528年)、病に倒れ死去。享年52。跡を子の義隆が継ぐ。義興は文人的な一面も持ち、和歌や連歌に通じていた。
主な祖先
大内義興の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











