山名時氏は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将で、室町幕府で侍所頭人や引付頭人を務めた。時氏は足利尊氏の後醍醐天皇からの離反に参加し、湊川の戦いで功績を上げ、伯耆国の守護となる。さらに南朝との戦いで成果を挙げ、最終的に5か国の守護を務めた。時氏は南北両朝や守護大名同士の抗争を利用して勢力を拡大し、山陰地方で大きな影響力を持つようになった。彼の没後、山名氏はさらに所領を増やすが、その勢力が幕府に警戒され、後の同族争いに発展する。時氏の死後20年で、山名氏は明徳の乱で将軍家に追討され、勢力は削減された。

















