室町時代後期から戦国時代前期の武将である。応仁の乱で知られる山名宗全の後継者として、文明4年(1472年)に家督を継ぐ。応仁の乱では西軍として活動し、文明6年(1474年)に東軍方の細川政元と和睦。播磨旧領回復を目指して文明15年(1483年)に出兵するが、長享2年(1488年)には敗退。明応の政変後、足利義澄と結び内乱を鎮める。明応8年(1499年)に死去、享年59。8代将軍足利義政から信任を受け、「政」の字を賜り、茶器「九十九髪茄子」を譲り受ける。
主な祖先
山名政豊の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











