戦国時代から江戸時代初期の武将である。父の死後、因幡岩井城の城主となるが、毛利氏らに攻められ因幡国を追われる。後に鳥取城を奪還し、毛利輝元に臣従。織田信長の武将羽柴秀吉の侵攻に際して鳥取城に籠城するも降伏する。秀吉から助命されるが仕官を断り浪人となる。関ヶ原の戦いでは東軍に属し、戦後に但馬で領地を得た。江戸時代には家系が山名氏宗家とされ、幕府から信頼を得たが、大名にはなれずに終わった。寛永3年(1626年)に79歳で死去。子孫は表高家並寄合として続いた。
主な祖先
山名豊国の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











