系譜で辿る日本史

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山名豊定やまなとよさだ

山名豊定

但馬山名氏の当主の弟

氏族清和源氏新田氏流山名氏
生没1512年 - 1560年
位階
官職 中務少輔
幕府職

但馬の守護大名・戦国大名である山名豊定は、永正9年(1512年)に生まれる。兄の祐豊が但馬守護職を継承すると、豊定はその命で因幡に討ち入り、一族の山名誠通を抑えて東因幡の支配を進めた。天文17年(1548年)には誠通を討ち、支配を確立したとされるが、事件の存在には疑問がある。近年の説では、誠通の没落後に因幡国主となったとされ、天文16年(1547年)には既に因幡に入国していたことが確認されている。永禄3年(1560年)に49歳で死去し、死後は祐豊の子息・棟豊が因幡国主となった。

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