室町時代後期の守護大名である。応永31年(1424年)に生まれ、嘉吉元年(1441年)には父と共に播磨へ侵攻した。享徳3年(1454年)、父が隠居したため家督を継ぎ、但馬・播磨・備後・安芸の守護となる。康正元年(1455年)、赤松則尚の侵攻を防ぎ、長禄2年(1458年)まで幕府に出仕。寛正元年(1460年)、父との対立があったが解消。応仁の乱へと続く山名氏内の対立にも影響を与えた。応仁元年(1467年)に父に先立ち陣没し、享年は44。弟・政豊が後を継いだ。
主な祖先
山名教豊の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫












