南北朝時代の武将・山名時義は、室町幕府内で重要な役割を果たした。父の山名時氏が幕府に帰参を表明した際、兄と共に将軍・足利義詮に謁見し、美作守護に任じられた。その後、伯耆や但馬の守護職を継承し、侍所頭人や小侍所別当にも任命された。時義の相続には家内で不満があり、後の内紛の原因となった。康暦の政変では備後守護に任じられるなど、山名氏は全国の11ヶ国を領有する勢力を誇ったが、時義の死後、山名氏は明徳の乱で衰退した。墓所は兵庫県豊岡市の円通寺にある。
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山名時義の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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