系譜で辿る日本史

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山名勝豊やまなかつとよ

山名勝豊

因幡山名氏当主

氏族清和源氏新田氏流山名氏
生没1432年 - 1452年
位階
官職 左衛門佐
幕府職

山名勝豊は室町時代の武将で、山名氏の一族に属し、因幡山名氏の当主となった。彼は山名熙貴の養子となり、7代将軍足利義勝から「勝」の字を賜ったとされる。勝豊の代に因幡山名氏は本拠を二上山城から布勢天神山城へ移し、天神山城は以後百年間因幡山名氏の居城となった。ただし、築城年には既に勝豊は没しており、実際の業績や活動については一次史料による裏付けが乏しいため、謎が多い人物とされる。享徳元年(1452年)に赤痢で20歳で亡くなった。彼の活動について『応仁記』などの記述があるが、その正確性には疑問が残る。

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