系譜で辿る日本史

選択中の人物

山名誠通やまなのぶみち

山名誠通

室町時代の因幡守護

氏族清和源氏新田氏流山名氏
生没???年 - 1548年
位階従五位下
官職 左馬助
幕府職室町幕府因幡守護

戦国時代の因幡国守護で、兄弟間で分裂していた因幡山名氏の中で、誠通は因幡の太守として登場。享禄5年(1532年)には因幡守護として記録されるが、但馬山名氏の祐豊とは対立を深める。天文10年(1541年)の尼子氏敗北後、尼子晴久より偏諱を受けて久通と改名し、尼子氏と結びつく。天文14年(1545年)には鳥取城を築城するも、天文17年(1548年)に祐豊軍の奇襲を受け討ち死に。因幡山名氏はその後衰退し、子孫は毛利氏に仕え、長州藩士となった。

更新
主な祖先

藤原資業

20親等祖先

源頼信

19親等祖先

源義家

17親等祖先

山名時氏

7親等祖先

藤原定方

19親等祖先

源頼光

16親等祖先

源頼義

18親等祖先

清和天皇

20親等祖先

藤原山蔭

20親等祖先

源義国

16親等祖先

山名誠通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫