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荒川義広あらかわよしひろ

荒川義広

氏族清和源氏足利氏庶流
生没???年 - ???年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将である。吉良氏から分かれた後期荒川氏の祖として知られる。享禄2年(1529年)、松平清康の吉良荘侵攻に降伏。永禄4年(1561年)には徳川家康の妹・市場姫を娶るなど、家康と協力関係を築く。しかし、永禄6年(1563年)の三河一向一揆では吉良義昭と共に一向衆に加わり徳川軍と対峙。一揆の敗北後、河内国へ出奔し、病死したと伝えられる。墓所や没年に関する詳細は伝わっていない。尾張藩家臣の荒川家は義広の子孫とされる。真成寺を開基し、永禄5年(1562年)に建立した。

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主な祖先

足利義氏

11親等祖先

藤原山蔭

19親等祖先

村上天皇

20親等祖先

藤原道長

19親等祖先

源頼国

14親等祖先

源等

20親等祖先

足利義兼

12親等祖先

源経基

17親等祖先

山名時氏

6親等祖先

源義家

15親等祖先

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