系譜で辿る日本史

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定暹じょうせん

定暹

平安時代の僧侶

紫式部の弟

氏族藤原北家良門流
生没980年 - ???年
位階
官職
幕府職

藤原為時の三男で紫式部の腹違いの弟。三井寺(園城寺)の阿闍梨であり、後に式部の父・為時もこの寺で出家しているように、紫式部の一門と寺院との間には強い繋がりが存在していた。長保4年(1002年)、東三条院追善供養の法華八講に延暦寺の僧として出仕、また寛弘8年(1011年)には一条帝の大葬の百僧の中にも選ばれている。

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主な祖先

蘇我馬子

13親等祖先

欽明天皇

14親等祖先

継体天皇

15親等祖先

仁徳天皇

19親等祖先

中臣鎌足

11親等祖先

藤原冬嗣

6親等祖先

大彦命

20親等祖先

藤原内麻呂

7親等祖先

阿倍比羅夫

11親等祖先

允恭天皇

18親等祖先

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