系譜で辿る日本史

細川頼之

細川京兆家当主

室町幕府2代管領

氏族清和源氏義国流細川氏
生没1329年 - 1392年
位階従四位下
官職武蔵守 相模守
幕府職室町幕府管領 中国管領 四国管領 阿波・伊予・備後・讃岐・土佐守護

細川 頼之(ほそかわ よりゆき)は、室町幕府2代管領。
観応の擾乱では将軍(足利尊氏)方に属し、四国に下向して阿波・讃岐・伊予などの南朝方と戦った。細川氏の嫡流は伯父・細川和氏とその子清氏であったが、2代将軍義詮の執事だった清氏が失脚し、これを討った頼之が幼少の3代将軍義満の管領として幕政を主導、半済令の施行や南朝との和睦などを行った。のちに康暦の政変で一時失脚したが、その後赦免されて幕政に復帰した。その後は養子(異母弟)頼元とその子孫が斯波氏・畠山氏と共に三管領として幕政を担った。
頼元以後、代々右京大夫(唐名右京兆)に任ぜられたことから、この系統は京兆家(けいちょうけ)と呼ばれる。

配偶者
    主な祖先

    藤原内麻呂

    20親等祖先

    桓武天皇

    20親等祖先

    藤原道長

    14親等祖先

    藤原山蔭

    17親等祖先

    清和天皇

    16親等祖先

    主な子孫

    男系子孫のみ表示

    養子関係を非表示