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藤原顕雅ふじわらのあきまさ

藤原顕雅

鎌倉中期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流
生没1206年 - 1281年
位階正二位
官職 参議
幕府職

鎌倉時代中期の公卿で、藤原北家勧修寺流に属する。寛元4年(1246年)、後嵯峨上皇の院司として蓮華王院の検分を担当。建長7年(1255年)に従三位・治部卿に任命され、正元元年(1259年)には後鳥羽天皇陵への遣使を務めた。文応元年(1260年)には参議を一時罷免されるが、同年中に職に復帰。弘安4年(1281年)に出家し、法名を准心とした。同年、76歳で薨去。

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