江戸時代前期の公卿である。元和5年(1619年)に参議に任じられ、内大臣や右大臣を歴任した。礼学や絵画を好み、慶安4年(1651年)には徳川家光に正一位太政大臣の追贈を伝えるため、日光に勅使として派遣された。寛文12年(1672年)に出家し、大忠院入道と号した。正室は細川忠興とガラシャの孫で、彼女を通じて西園寺家は細川家からの支援を受け、財政基盤を築いた。子には公満、公遂、公宣がいる。末子の公宣は京都を離れ肥後国に移住し、その娘が西園寺家を継いだ。
主な祖先
西園寺実晴の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















