系譜で辿る日本史

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平惟仲たいらのこれなか

平惟仲

美作介・平珍材の長男

氏族桓武平氏高棟流
生没944年 - 1005年
位階従二位
官職 中納言
幕府職

平惟仲は平安時代中期の公卿で、桓武平氏の一族。地方で育ち、平安京に上って大学寮に入学し、康保4年(967年)に文章生となる。冷泉天皇の即位に際して六位蔵人に任じられ、以降、藤原兼家の家司として重用された。地方官としての勤勉さが評価され、次第に昇進し、正暦4年(993年)には公卿に列する。大宰府では行政手腕を発揮したが、宇佐神宮との対立が起こり、長保6年(1004年)に大宰帥を解任される。翌年、視力と聴力を失い、61歳で没した。没後、遺骨は弟により平安京に戻された。彼の波乱万丈な人生は、地方出身者として異例の出世街道を歩んだ知恵と努力の証である。

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