室町時代初期の公卿・能書家である。清水谷家の初代とされ、一条公勝の子として生まれる。応永15年(1408年)に正四位下に叙せられ、右近衛中将から参議に転じ、翌年には土佐権守を兼ねた。応永17年(1410年)に従三位、翌年には正三位となる。応永21年(1414年)には備前権守を兼ね、翌年に従二位・権中納言に昇進。応永26年(1419年)に権中納言を辞し、翌年権大納言となったが、その年に薨去。能書家としても知られ、世尊寺行俊に師事。書道が清水谷家の家業となる。また、世尊寺家の所領や書道の宗匠的地位を一時預かったこともある。











