慶長7年(1602年)に誕生した初姫は、徳川秀忠の四女であり、安土桃山時代から江戸時代初期の女性である。慶長11年(1606年)、若狭小浜藩主の京極忠高に嫁ぐが、夫婦仲は良くなかったとされる。忠高の父・高次の正室である浅井初には実子がおらず、初姫は初の実妹・江の娘として養女となり、政略結婚によって徳川家と京極家の関係を強化した。寛永7年(1630年)に29歳で病没し、葬儀は小石川伝通院で行われた。伝通院は徳川家縁の寺であり、京極家は葬儀に立ち会うことが許されなかった。忠高が初姫をむげに扱っていたとされる史実が残る。








