江戸時代中期から後期にかけての武士で、清水徳川家の初代当主。延享2年(1745年)に生まれ、宝暦9年(1759年)に元服し、重好と名乗る。領地10万石を与えられ、多くの国にまたがる所領を持つ。天明元年(1781年)には参議に任じられた。兄の徳川家治とは仲が良かったが、将軍職は一橋家に移り、重好が将軍になることはなかった。寛政7年(1795年)に51歳で死去し、嗣子がいなかったため、家重の血筋は絶えた。死後、領地は一時的に幕府に収公されたが、後に徳川家斉によって清水家は再興された。墓所は東叡山凌雲院にある。






