伊勢津藩第12代藩主である藤堂高潔は、天保8年(1837年)に生まれる。嘉永元年(1849年)、従四位下に叙され、文久3年(1863年)には孝明天皇に拝謁して御所の警備を担当。元治元年(1864年)には左近衛権少将に就任。明治元年(1868年)、版籍奉還後の藩政改革を主導し、明治天皇の伊勢神宮参拝の際には守備を務めた。明治4年(1871年)、知藩事となるが、廃藩置県で免官。書画の才に優れ、渡辺崋山に師事し、花卉図を得意とした。また、謡の免許皆伝の腕前を持ち、喜多六平太にも稽古を付けたという。明治22年(1889年)、53歳で死去。


