越中富山藩の初代藩主で、富山藩前田家の始祖。元和3年(1617年)に加賀藩主の次男として生まれ、寛永8年(1631年)に元服。寛永16年(1639年)に10万石を分与されて支藩である富山藩を立藩。領地には富山城が含まれず、加賀藩から城を借りて入国。後に加賀藩と領地交換し、富山城を居城とした。藩政では「小松御条目」を制定し、新田開発や治水工事を推進。延宝2年(1674年)に江戸城で発病し、58歳で死去。遺体は富山に送られ、百塚を見渡せる長岡御廟に葬られた。1917年に贈正四位。
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