若狭小浜藩の第2代藩主として、酒井忠直は父の政策を受け継ぎ、藩の諸制度の整備や新田開発を推進した。寛文8年(1668年)には甥の忠国に1万石を分与し、安房勝山藩を立藩。藩政では寛文近江・若狭地震の復興や文学の奨励に努めた。延宝元年(1673年)には従四位下、侍従に昇進したが、延宝5年(1677年)、預かりの責任から閉門処分を受けた。天和2年(1682年)に小浜で死去し、享年53。長男の忠隆が跡を継いだ。忠直は実直で守成の名君と称された。
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酒井忠直の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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