系譜で辿る日本史

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最上満氏もがみみつうじ

最上満氏

最上氏第7代当主

氏族清和源氏斯波氏庶流最上氏
生没1446年 - 1494年
位階
官職 治部大輔
幕府職室町幕府羽州探題

最上氏7代当主。出羽中野氏の初代当主で中野城主、中野満基の子に生まれたが、宗家の従兄・義秋に子がなかったため、文明11年(1479年)に最上氏を継いだ。<br>
文明11年(1479年)及び翌文明12年(1480年)に、伊達成宗配下の桑折播磨守が寒河江氏を攻めるが、敗北し討ち死にする(菖蒲沼の戦い)。播磨守の子息は満氏を介して戦場の見える慈恩寺山中に松蔵寺を建立して供養したという。

更新
主な祖先

佐原義連

9親等祖先

大江匡衡

16親等祖先

足利義兼

11親等祖先

三浦義村

9親等祖先

北条重時

9親等祖先

平将門

17親等祖先

藤原朝忠

20親等祖先

大江広元

10親等祖先

源為義

12親等祖先

北条時政

11親等祖先

最上満氏の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

伊達斉邦

12親等子孫

池田斉敏

14親等子孫

霊松院

11親等子孫

酒井忠器

14親等子孫

伊達村候

11親等子孫

立花鑑虎

9親等子孫

伊達政宗

6親等子孫

伊達忠宗

7親等子孫

伊達保子

13親等子孫

黒田宣政

10親等子孫