系譜で辿る日本史

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八条院高倉はちじょうのいんのたかくら

八条院高倉

鎌倉時代初期の女流歌人

新三十六歌仙

女房三十六歌仙

氏族藤原南家信西(通憲)流
生没1176年 - 1248年
位階
官職
幕府職

鎌倉時代初期の女流歌人。新三十六歌仙および女房三十六歌仙に数えられる。祖父は藤原通憲(信西)、父は安居院法印澄憲。藤原俊成に預けられ、高松院の姉である八条院に出仕した。後鳥羽院歌壇で活躍し、『新古今和歌集』以降の勅撰集に作品が収められている。八条院の死後、出家して奈良法華寺に入り、空如と号した。生涯を法華寺で終え、仏舎利を護持しつつ晩年を過ごした。仏舎利の真贋を試した際に奇瑞を見、悔い改めて供養を続けた。

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