系譜で辿る日本史

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波多野義重はたのよししげ

波多野義重

越前波多野氏初代当主

氏族藤原北家秀郷流
生没???年 - 1258年
位階
官職
幕府職六波羅評定衆

鎌倉時代中期の武将で、北条重時の娘を妻とし、重時の被官として活躍。承久3年(1221年)の承久の乱では右目に矢を受けながら奮戦した。六波羅評定衆として北条重時やその子を補佐し、京都新日吉神宮の小五月会では流鏑馬を担当。宝治元年(1247年)の鶴岡八幡宮放生会で三浦盛時と序列を巡って諍いを起こした。日本曹洞宗の開祖道元と親交があり、越前国志比荘に永平寺を建立する際に土地を寄進し貢献した。義重の像は永平寺の仏殿内に祀られており、彼の子孫は曹洞宗の檀家筆頭に位置づけられている。

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