系譜で辿る日本史

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葛野王かどののおう

葛野王

弘文天皇(大友皇子)の第一皇子

氏族皇族
生没669年 - 706年
位階正四位上
官職 式部卿
幕府職

葛野王は、持統天皇の時代に浄大肆・治部卿に任じられた。持統天皇10年(696年)、高市皇子の死後、皇太子擁立の議論が紛糾した際、直系による皇位継承を主張し、軽皇子(後の文武天皇)が皇太子に定められる結果を導いた。この功績で持統天皇から称賛された。文武朝では正四位上・式部卿に任じられ、慶雲2年(706年)に37歳で没する。学問を好み、『懐風藻』に漢詩作品が収録されている。器量が広く見識も深く、天智・天武両帝の血筋を引く才能豊かな人物だった。

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