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家系図の見方
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弘文天皇(大友皇子)の第一皇子
葛野王は、持統天皇の時代に浄大肆・治部卿に任じられた。持統天皇10年(696年)、高市皇子の死後、皇太子擁立の議論が紛糾した際、直系による皇位継承を主張し、軽皇子(後の文武天皇)が皇太子に定められる結果を導いた。この功績で持統天皇から称賛された。文武朝では正四位上・式部卿に任じられ、慶雲2年(706年)に37歳で没する。学問を好み、『懐風藻』に漢詩作品が収録されている。器量が広く見識も深く、天智・天武両帝の血筋を引く才能豊かな人物だった。
宣化天皇
7親等祖先
景行天皇
15親等祖先
安寧天皇
20親等祖先
敏達天皇
6親等祖先
垂仁天皇
孝元天皇
仁徳天皇
11親等祖先
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18親等祖先
懿徳天皇
19親等祖先
日本武尊
14親等祖先