系譜で辿る日本史

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平徳子たいらのとくし

(建礼門院)

平徳子

高倉天皇の皇后(中宮)

女院

氏族桓武平氏維衡流(伊勢平氏)
生没1155年 - 1214年
位階
官職
幕府職

清盛と後白河法皇の政治的協調のため、高倉天皇に入内して第一皇子・言仁親王(後の安徳天皇)を産む。<br>
平家の都落ちに同行し、壇ノ浦の戦いで安徳天皇は入水、平家は滅亡する。徳子は生き残り京へ送還されて出家、大原寂光院で安徳天皇と一門の菩提を弔った。

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