系譜で辿る日本史

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京極材宗きょうごくきむね

京極材宗

室町後期の武将

氏族宇多源氏佐々木氏流
生没???年 - 1507年
位階従五位下
官職 治部少輔
幕府職室町幕府侍所頭人

室町時代後期から戦国時代にかけて活躍した武将。初めは経秀と名乗っていたが、足利義材から偏諱を賜り改名する。文明17年(1485年)、室町幕府から侍所頭人に任命され、多賀高忠を所司代に任命したが、父政経の失態で失脚。明応の政変後は京極氏の復帰を狙い、度々戦を挑むも失敗を重ねた。文亀元年(1501年)には浅井直種と共に今浜を攻めたが敗北。永正2年(1505年)にも攻撃を試みたが失敗し、最終的に和睦するも、永正4年に高清に自殺させられたとされる。翌年、父も死去し、子の吉童子丸に家督を譲ったが、その後行方不明となる。出雲は尼子経久の支配下に置かれた。また、京極高吉の父ともされる。

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18親等祖先

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18親等祖先

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藤原実頼

20親等祖先

源経基

18親等祖先

藤原頼通

15親等祖先

藤原師輔

18親等祖先

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