南北朝時代から室町時代初期にかけての守護大名である。室町幕府評定衆や侍所所司、出雲国・飛騨国・隠岐国の守護を務めた。嘉暦元年(1328年)生まれで、後醍醐天皇を弔う天龍寺の法要にも参列している。高秀は京極氏の当主として家督を継ぎ、侍所所司として活躍したが、内部の対立や事件により辞職を余儀なくされた。その後、京極氏と細川氏との確執を深め、康暦の政変においても指導的役割を果たすが、最終的に失脚した。晩年には幕府に仕え、土岐康行の乱の鎮圧に貢献。64歳で亡くなり、長男が後を継いだ。和歌を好み、歌集にも作品が収録された。三男は後に出雲の戦国大名となる尼子氏の祖となる。
主な祖先
佐々木高秀の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫





















