室町時代前期の武将である京極高詮は、室町幕府の侍所頭人や近江・飛騨・出雲・隠岐・山城・石見の守護を歴任。六角氏との跡目争いでは細川頼之の指示で後見役となり、近江守護に任じられる。しかし、永和3年(1377年)に守護職を解かれ、京極氏へ戻る。明徳2年(1391年)に父が亡くなると家督を継ぎ、明徳の乱に参戦し功績を上げ、出雲・隠岐守護に任ぜられる。応永の乱では幕府方として戦い、石見守護職を得る。応永8年(1401年)、守護職を嫡男に譲り死去。享年49。高詮の出家名は浄高で、出家後も実権を握った。
主な祖先
京極高詮の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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