系譜で辿る日本史

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徳川斉彊とくがわなりかつ

徳川斉彊

清水徳川家第5代当主

紀伊和歌山藩の第12代藩主

氏族三河松平氏
生没1820年 - 1849年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の大名である。清水徳川家第5代当主を経て紀州徳川家を継ぎ、紀伊和歌山藩の第12代藩主となる。最初、水戸藩主徳川斉脩の養子となる話があったが、水戸藩士の反対で実現しなかった。文政10年(1827年)、清水家を継ぎ、その後、和歌山藩主となる。治世中には和歌山城の天守閣が落雷で焼失するなど、多難な時期だった。嘉永2年(1849年)に30歳で死去し、斉順の子・慶福が跡を継いだ。藩主としての治世は約2年10か月で、江戸参府はなく、和歌山帰国は1回、在国期間は通算10か月だった。

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