安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。徳島藩初代藩主。父と共に豊臣秀吉に仕え、秀吉の死後は徳川家康の養女を娶り、関ヶ原の戦いで東軍に参加。戦後、家康から所領を安堵され、父から家督を継ぎ徳島藩主となる。豊臣姓と松平姓を下賜され、大坂の陣では徳川方として参戦。内政では御壁書二十三箇条を制定し、撫養塩田の開発などを行い名君と称された。病弱で元和6年(1620年)に享年35で死去し、跡を長男・忠英が継いだ。多くの聡明さを示す逸話が残されている。
主な祖先
蜂須賀至鎮の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











