江戸時代初期の外様大名であった浅野長重は、近江国に生まれる。豊臣秀吉の縁戚として、一時は宇都宮国綱の養子になる話もあったが、実現しなかった。1599年(慶長4年)、徳川家康の命で江戸に移り、秀忠の小姓となる。関ヶ原の戦いでは江戸城の留守を務め、その功績で下野真岡2万石を与えられ、真岡藩を立藩。1611年(慶長16年)、父の死去に伴い常陸真壁5万石を相続し、真岡2万石は返上した。1622年(元和8年)には笠間藩主に転じた。1632年(寛永9年)に45歳で死去し、真壁伝正寺に葬られる。家督は長男の長直が継いだ。

